心理学系大学院へ行こう

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ヴントと内観法

心理学入門の第1章「心理学の歴史」で触れられている話ですが,WEB上ではあまり解説しているところがないので,せっかくなのでヴントの名誉のために周知しておきましょう。

1879年にドイツの心理学者W.ヴントは心理学実験室を,ライプツィヒ大学に設立します。この出来事をもって,学問あるいは科学としての心理学がはじまったと言われています。ただし,アメリカではW.ジェームズがもう少し先に心理学実験室をつくっています。

ご存知のように,この時代より少し前に,精神物理学測定法がウェーバーおよびフェヒナーによって確立され,ヒトの感覚と,物理世界との関係を数学的に(定量的に)記述する手段が提供されていました。ヴントはそのような手法を用いて,「心理学」を創始したのです。ちなみにフェフィナー自身は心理学者を名乗っていませんでしたが,「精神物理学は,心理学に基礎づけられるとともに,心理学に数学的基礎を与えるものでなければならない」と言っております。

さて,「そんな精神物理学の手法を借りたヴントは,研究において内観法を重要視していました!」

っていう,意味の分からない説明が,過去の教科書において,ずっとされてきました。私自身も学部生時代にそんな記述を読んで,なんでだよ!と突っ込んだものですが,その時はペーペーですし,そんなこともあるのだろう,と,信じていました。

しかし,やはり違ったんですね。

Clegg, Self-observation in the social sciences, 2013
Costal, Conscious Cogn, 2006
Schultz & Schultz, A history of modern psychology, 2012

あたりに詳しいですが,ヴントはまず内観法を重要視していませんでした。実験心理学全体としても,内観法が主流になったことは一度もないと言われています。そりゃそうです。内省に頼った方法を批判して出てきたのが,「心理学」なのですから。

しかし,ヴントが内観をまったく用いなかったかというと,そんなことはありません。刺激に対する感じ方の変化などを,内観によって計測していました。。。このときの内観は自由記述ではありません。てことは,これは今でもやっていることですね。ただし,ヴントの実験のうち,そのような手法よりも反応時間を用いた実験などのほうが多かったことが明らかとなっています。

ちなみに,反応時間というと,ドンデルスの減算法が1860年代に提唱されていますので,やはりそのような”定量的”な方法に飛びつくのが自然でしょう。

心理学初期における内観法についての誤解が生まれた原因として,ヴントの一番弟子であるE.ティチナーがアメリカでヴントと異なった立場から内観法を紹介したこと,さらにティチナーの弟子で心理学史学者のE.ボーリングがティチナーの内観法をヴントのものとして紹介したことの2点が挙げられています。

つまり,ティチナーとその弟子が悪いんですね。まったく迷惑なことです。できるだけ,オリジナルの文献に当たることが大切っていういい教訓ですね(そういう私もヴントの文献は読めないし,読んでいないので偉そうなことは言えませんが)。


※ 上記の文章は心理学入門(板口・相馬)の一部文章を改変して掲載しています。